おはら祭りの歴史や由来・意味とは?鹿児島と渋谷の深いつながりも

おはら祭りの歴史や由来・意味とは?鹿児島と渋谷の深いつながりも

この記事では、鹿児島や、今では渋谷でも開催されている『おはら祭り』について、

  • おはら祭りの歴史や由来、祭りの意味とは?
  • 渋谷で「おはら祭り」が開催される由来は?

といった内容でお送りします!

 
 

毎年、鹿児島では11月に開催され、渋谷では5月に開催される「おはら祭り」。鹿児島では県内最大のお祭りと言えるほど毎年多くの人でにぎわいます。

そんなおはら祭り、どうして始まったのかという歴史や由来、そして意味を調査しました。

また、なぜ東京の渋谷で『おはら祭り』が開催されているのかの理由や、おはら祭の衣装、踊り方動画、音源についてもまとめました。

目次よりお好きな場所からお読みいただけます^^

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おはら祭りの歴史や由来、祭りの意味とは?

おはら祭りとは、毎年鹿児島で3日間にわたって行われるお祭りです。

日程は毎年決まっており、11月2日と3日に開催すると決まっています。

祭りは前夜祭と本祭りがあり、鹿児島の中心地、天文館を沢山の人が踊り歩くお祭りです。

そんなおはら祭りの歴史は、

もともと戦前から鹿児島市内ではお祭りや盆踊りが盛んであったが、戦火にのみ込まれて多くの祭りは太平洋戦争で中断していた。

1945年(昭和20年)3月18日から8月6日にかけて米軍による計8回の無差別空襲で市内の93%が焼失、多くの神社や寺も焼失して祭りどころではなかった。(参照Wikipedia)

戦後4年が経った、

1949年11月15日に鹿児島市の市政 60周年を記念して始まった。
当初は初日に仮装行列,飾りつけた自動車や山車のパレード,2日目に仮設舞台での芸能大会などが行なわれていたが,

1952年から地元婦人会などによる『おはら節』の踊りが登場し,

1961年に徳島の阿波踊にならって踊りの団体を募って行なわれる踊り主体の祭りとなった。

1963年から『ハンヤ節』も加えられ,1969年から今日の日取りに変わった。

2日が夜祭,3日が本祭とされ,目抜き通りで約 2万人の参加者による総踊りや,鼓笛隊や伝統芸能のパレード,特設舞台での太鼓競演などが行なわれる。

参照:コトバンク

おはら祭りの歴史は、戦後の、鹿児島市制50周年を記念して開催されたされのが始まりなのですね!

また、当時は人々が踊り歩くだけでなく、「自動車仮装パレード」も行われていたそう。

自動者の仮装パレード・・・現代ではあまり見かけないですよね!

その後、

一時期は低調でしたが、36年に現在の「踊り連」方式へと変わりました。

徳島の阿波踊りを手本にし、町内会や職場グループなどが参加し、活性化しました。

従来の市、商工会議所、南日本新聞社中心の商工振興策から「おはら祭振興会」主催の市民の祭りへと変わり、南九州最大の祭りとなりました。

参照:02ten

一時期は低迷していた「おはら祭り」でしたが、「徳島の阿波踊り」をお手本にし、「踊り連」をつくることにより、参加者が急増、そして大成功をおさめるようになったそうです。

それ以前は婦人会が中心で踊りを披露していましたが、「出たい人が出られる」ようになったことで活性化してのでしょうね!

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「おはら祭り」の名前の由来・意味は?

ちなみに「おはら祭り」のおはらの由来はどこからきているのでしょうか。

「おはら祭り」の「おはら」とは、鹿児島県の代表民謡曲「おはら節」からきています。

その「おはら節」の「おはら」の意味は、

「おはら祭」の名前の由来は、鹿児島の代表的民謡「おはら節」。

この民謡が生まれた一節として、江戸時代の初めに、日向国・安久(現・宮崎県都城市)の武士が陣中で唄った唄を、鹿児島の原良(はらら)の武士が、帰国後、歌詞を作って歌い始め、

それが鹿児島一円に広がるにつれ、原良に「お(小)」が付いて「小原良(オハラ)節」と呼ばれるようになりました。

参照:渋谷でおはら公式サイト

なるほど!

鹿児島の原良(はらら)の武士の唄から「おはら節」とよばれるようになったのですね!

そんなおはら祭り、実は渋谷でも毎年開催されているそう。

「なぜ渋谷に?」という疑問がわいたのでその辺を調べてみました。

渋谷で「おはら祭り」が開催される由来は?

渋谷でなぜ「おはら祭り」が開催されるのか?その由来は実は古いそう。

「渋谷」と「鹿児島」の縁(えにし)は古く、鎌倉時代に渋谷氏が所領を得て、一族をあげて薩摩に移住したとあります。

「渋谷・鹿児島おはら祭」も、その流れをくむ「ふるさとへの思い」を強くするお祭りで、当時の渋谷区長と鹿児島出身の経済人のご尽力で平成10年4月に始まった踊りパレードです。

「第18回 渋谷・鹿児島おはら祭」では、関東連・鹿児島連の67連、約2,600人の踊り手が「おはら節」、「渋谷音頭」、「ハンヤ節」、「TOKYOオハラ」を踊りながらパレードを繰り広げます。

また、沿道では、鹿児島の物産展や観光案内なども開かれています。平成12年には、渋谷区と鹿児島市で防災協定が締結されて「絆」がより深まり、これまで以上に交流が広がることが期待されています。

参照:渋谷でおはら公式サイト

鹿児島と渋谷は実は鎌倉時代からつながりがある場所だったのですね!

渋谷一体を所領していた相模国の豪族渋谷氏が薩摩に移住し、その後は渋谷家は五家に分かれ、土地の名を取り入来院氏、祁答院氏、東郷氏、高城氏、鶴田氏を名乗られたそう。

その後700年後に「東郷平八郎」が誕生されたそうです。

渋谷と鹿児島に深いつながりがあったなんて知りませんでした。

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おはら祭りの歴史や由来・意味とは?鹿児島と渋谷の深いつながりも!まとめ

今回はおはら祭の由来や意味、そして歴史を調査しました。また、鹿児島と渋谷の深いつながりについても、知らないことばかりでしたので個人的にも非常に勉強になりました。

おはら祭り鹿児島2019のゲストは誰?出演場所と時間・パレードプログラムも!

2019年のおはら祭のゲストなどもまとめましたのでよかったらチェックしてみて下さいね!

それでは最後までお読みくださりありがとうございました!